マナーモードは大切です、着信に気づかなかった伊丹さん (改)
「警部殿、よろしいですか」
紅茶を飲もうとカップに手をかけたとき、声をかけられた右京は振り返ると、どうでしたと相手に声をかけた。
「シガレットケースの中身ですが、一本だけです」
予想外の答えだったのか、右京の表情はどこかしっくりしないというか、何か疑問を感じているようだ、米沢は言葉を続けた。
「問題はケースです」
右京は隣にいた亀山を見た。
「底の部分に」
ビニールに入った白い粉を見せられ、右京、亀山の表情も硬くなる
「最近、若者の間で流行っている薬です、値段も安くて学生でも買うことができるものです」
「学生って、大学生とかですか」
亀山の言葉に米沢は首を振ると高校生でも買えますと答えた。
「ただ、問題が、これは純度がかなり高いんです、それとコンビニの棚の下に落ちていたと」
一本の煙草を見せられた右京が尋ねる、すると米沢は一本吸えば確実にあの世ですと笑った。
その日の朝、出勤と同時に嫌な顔を見たと伊丹はむっとした顔になった。
だが、そんなことはお構いなしといいたげに亀山はつかつかと近寄ると、おまえなあと喰ってかかるように携帯、どうなってるんだと尋ねた。
「おまえに連絡取ろうとしたが、繋がらないって美夜さんが俺と右京さんに朝一番でだな」
慌てて胸ポケットからスマホを取り出して気づいた、最近、機種変更をしたばかりだが、マナーモードになっていたのだ。
しまったと思いながら視線を感じる、亀山が呆れたように自分を見ていることに気づいて少しきまりが悪くなる。
「なんだ、カメ」
「川田の尋問、どうなんだ」
返事をしたくないと思ってしまった、そのとき、声をかけられた、振り返ると三浦と芹沢の二人が立っていた。
「川田は組の倉庫から薬をくすねた」
売れば相応、いや、かなりの金額になるという三浦の言葉を伊丹は黙って聞いていた。
「尋問しても白状しない、仲間の居場所はわからないと言ってるが、そんなことは」
嘘だと伊丹は腹の中で毒づくように呟いた、川田は下っ端だ、そんな男が仲間に対する義理立てなど信用できるわけがないだろう。
「ところで、亀山刑事」
三浦が声をかけた。
「彼女の用というのは」
亀山が答えなかった、いや、できなかったのはコンビニのおにぎりを食べようとしていたからだ。
「おい、カメっ、てめぇ、こんなところで」
「忙しかったんだよ」
「すじこか、匂うんだよ」
「ここは一課じゃない、特命係の部屋だ、飯食って何が悪い」
「おはようございます」
尋ねてきた彼女に声をかけようとした伊丹だが、その表情が暗いことに気づいてわずかに躊躇した。
ところが、自分の姿を見ると頭を下げられた。
「すみません、伊丹さん、お忙しいのに何度も電話して」
「いいえ、こちらこそ、すみません、気づかなくて」
伊丹が何か言いかけたとき、右京が口を開いた。
「僕のせいですね、気づいたこと、どんなことでもいいです、まずは伊丹刑事に連絡するようにと、彼はとても気のつく人間です」
右京の言葉に全員が驚いたが、それを顔には出さなかった。
「コンビニの中を調べていたのでしょう、トイレ、倉庫、通路、人が隠れられるような場所、怪しいところがないかと、ところで、美夜さん」
名前を呼ばれて慌てたように彼女はバッグから取り出したものを右京に手渡した。
ビニール袋に入った一枚の紙、それはレシートだ。
鞄の何入っていたという説明に右京は不思議そうな顔をした。
「くしゃくしゃに丸められていて、バッグの外ポケットに入っていたんです」
「この紙、何か、付着していましたか」
「はい、ざらっとした、粉みたいなものが、実はポケットの中にも」
「その鞄は」
彼女の返事を聞いた右京は良かったですと笑った。
車内でどんなことを話せばいいのかと迷っていた伊丹だが、そんな気まずさを払拭したのは後輩と三浦の二人の会話だ。
アパートに着き、ドアを開けようとしたときだ、おいと三浦が声をかけた。
伊丹と芹沢が思わず顔を見合わせる、低い呟きに伊丹は視線を自分の背後へと向けた。
視線を、感じたのだ。
このブログへのコメントは muragonにログインするか、
SNSアカウントを使用してください。