好きなモノ、書きたいもの、見たいもの、舞台映画、役者とか

オリジナル、二次の小説 舞台、役者 すきなもの呟いて書きます

日本の感染、それは大海へと流れていく

 「ああ、大丈夫です」
 話が終わってからもミサキは、しばらくの間、呆然としていた。
 いや、驚いたといったほうがいいだろう、目の前の男性は病院から弟の症状を聞かされて、やって来たのだという。
 弟の様子を説明しながらミサキは、大事な事をなかなか聞けずにいたが、無理もない、もしかしたら弟は病院に隔離されるようなことにならないだろうか、悪性の病気なら、あり得ない事ではないからだ。
 「貴方が心配されているような事にはなりまません、実は病気という言葉では説明できないのです、弟さんは海外旅行、泳ぐことが好きだということですが、そのときに感染したのでしょう」
 今、いや、現在、世界各国で、弟さんのような症状に犯された人々がいますが、亡くなった人はいません、個人差はありますが、元通りになるんです、そして以前の生活に戻っています」
 「本当ですか、でも、それなら」
 「実は、殆どの症例が海外なのです、勿論、日本にも隠れた例があるかもしれませんが、肌や髪の色の変貌は長くは続きません」
 「そうですか」
 ここで男は言葉を一旦きった、その様子に何か気になることがあるのだろうかとミサキは尋ねた。
 「あの、その人たちの家族には何も変わった事はないんでしょうか」
 男が聞き返した、するとミサキはおずおずと左手を、シャツの袖を少し捲り上げた。


 男が帰った後、ミサキは夕食の支度をしようとした、弟の様子が気になり庭に出ると。
 気配に気づいたのか、振り返った青年はにっこりと笑った。 
 「心配かけたね、ミサキ、ごめんね」
 「大丈夫、よくなったの」
 病気だと思った、違うよ、弟の言葉に彼女は驚いたが慌てて首を振った、そうだ、あの男性も病気ではないと言っていた、もう大丈夫だと思いながら弟の腕や背中を見ると鱗のような跡が、薄く、殆ど消えかかっていることに気づいた。
 ミサキは、ほっとした。



 「あれはもう完全に、こちらを離れた、自分の意志で動き始めた」
 諦めのような言葉に男は、やはりと頷いた。
 「その女性に異変は」
 「今のところは、ただ、今後の動きが気になります、こちらで保護するべきでしょうか」
 「日本は島国ということだが」
 周りを海で囲まれていますという言葉に、相手は沈黙を返した。
 「世間が知れば騒ぎになるだろう、その女性が、もし、こちらの」
 「接触はしていません、いくら知能があるといっても」
 「この数日の間に海外の発症者の症状が治まっている、死人は出ていない、どう考える」
 青年は無言になった、考えるなど、それを聞いてどうする、答えなど出ているではないか、とっくに、いや、自分が日本に来た時点で。


 


 ああ、生きている、自分はと確認した意識が、最初に始めた事は考えることからだ、思考し、この体を自分の思い通りに動かせるかどうかだ。
 初めての事なのでうまくいくかどうかわからない、過信は禁物だ。
 だが途中で気づいた、水が必要だと、今までとは違う環境にいることに気づいた。
 不安と混乱、一時、激しく混乱した、一人の力ではうまくいかない、このままでは駄目だ、死んでしまう、消滅してしまう、思考を巡らせた、水、水の中なら多少の自由がきく。
 それに自分を助けてくれる者がいた。
 「大丈夫、具合がよくないんじゃない」
 「平気だよ、心配しないで、姉さん」
 言葉と記憶を読みとり、理解する、身内、兄弟、家族、つまり味方ということだろうか、わからない、もっと沢山の言葉を理解しなければ、できうる限り、すべてのものを。
 だが、この体には長くは居られないと感じていた、今までの事がいい例だ、異なる命の存在というものを、もしかして細胞が感じているのだろうか、共存は無理なのか、個体ではないのかと。
 「姉さん」
 これは何を示すものなのか、意味がわからない、確認する、時間をかけてだ、間違っているかどうかはわからない。
 結論を出す、自分で、この言葉は大事な意味を持つ、もしかしたら切り札になるかもしれない、排除されない為にもだ、できるか。
 ああ、もっと知識を、体を、思考を安定させなければ。
 そして体を、元の体を。


 水道の蛇口から黒、いや、濃い褐色の何かが出てきた、それは少しずつ形をなそうとしたが、次第に力尽きたように流れていった、排水口の奥へ、大きく広い場所へと。