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オリジナル、二次の小説 舞台、役者 すきなもの呟いて書きます

怪人の告白 Geständnis eines Phantoms 2

 私は生きている、いや、昔も、そして今もだ。
 オペラ座の怪人という小説、ルルーの書いたゴシック小説だ、だが後に舞台や恋愛小説と形を変え、世間の人間は本当にあったことではないかと思い始めた。
 オペラ座でぼや騒ぎがあったときは警察が介入し、地下室の探索まで行われたときは大変だった。
 あの時代、いや、現在もだが、パリの治安は決して良いとはいえない。
 昼間はともかく、夜は出歩くのも男だからといって油断はできない。
 追い剥ぎ、泥棒、誘拐などに加えて人買いもいたのだから。
 私はパリの地下、オペラ座の近くに住んでいた。
 何故と疑問に思うだろう、理由は簡単だ。
 生まれたばかりの頃、家は貧しかった。
 母は父に従順だった、そして父は酒が好きで、だが、それ以上に女遊びも好きだった。
 だが、そんなことは世間では当たり前だった。


 家は裕福ではなかった、貧乏なくせに子供を生み、生活が苦しい、育てることができないとなれば子供を売ることなど珍しくなかった。
 少しでも金が欲しい、その為、父親は顔を焼いた、子供の顔をだ。
 あのときの痛みと恐怖は忘れられない、そう、死んだ今でもだ。
 死んだ、そう私は死んでいる、不思議に思うだろう、だが、その説明は後だ。


 あの時代、醜い顔人間を見せ物小屋で見物させたり、貴族のペットにするのは珍しくなかった。
 私は逃げることにした、だが、親の元からにしても準備がいる。
 だから、見せ物小屋で機会を待ったのだ。
 準備しなければならないと思った、金もだが、生きていく為にはいろいろなものが必要だ。
 見せ物小屋の人間は世間では、まともな扱いを受けられない半端な者が多かった。
 流れ者、外国人、様々ないろいろな人間が、そんな連中の技術、技を見るだけではない、盗んだ。
 数日では無理だ、半年、一年、そして頃合いをみて逃げたのだ。
 連れ戻されては大変だと見せ物小屋に火をつけた。 
 だが、それだけでは十分ではない、小屋の主を始末し、仲間と金を分け合って、つまり事故に見せかける細工をした、警察の目を誤魔化す為に。
 犯人だと思われ捜索されたら面倒だからだ。
 小屋の主は善人ではなかった、悪い噂も少なくなかったので新聞、噂話で後のことを知ったときは結果に満足したものだ。


 しばらく放浪した後、パリの地下に住むことを考えたのは具合が良かったからだ。
 地下なら、どこへ行こうと何をしようと誰に見られようが、咎められることもない。
 都合が悪ければ、見せ物小屋のときのようにと思っていた。


 パリの地下は迷路のように入り組んでいる、住む家のない貧困者が野宿するには最適なのだろう。
 だが、安全というわけではない、金を持っていれば奪われる、男女の区別なく、見た目がよければ乱暴、暴行されることも不思議ではない。
 強くなければいけない、だが、進んで争いに巻き込まれるのは避けたいと思い、なるべく人と会うことを避けたのだ。
 だからといって完全に外、地上に出ないわけではない、そこで男と遭遇したのだ。
 男は新聞記者だと名乗った、そのとき私は運がいいのか悪いのか、素顔だった。
 普段、外に出るときは仮面をつけているのだが、地下で自分の新しい住処を探していたときだった。


 オペラ座が何度目かの火事になったとき、逃げようと思えばできたが、何故かそうしなかった。
 疲れていたのかもしれない、全てのことに。
 この建物が棺桶になると思うと嬉しくなった。
 そして死んだ、私は死んだのだ、ところが不思議なことに火の熱さ、焼ける痛みを感じなかった。


 不思議に思ったとき、耳元で声が聞こえた。
 思い出した、ジプシー女だ。
 見せ物小屋にいたとき、占い師の老婆と会った。
 いつも薬草や呪いの言葉を口にしていた。
 不老不死の呪文を知っていると意味ありげにいうのだ、時々、金持ち、貴族が尋ねてくるものだから、小屋の人間も老婆にすり寄っていた。
 だが、私は信じなかった、不老不死などより、自分の、この顔を、人並みの顔にしてくれた。
 幾らでも金を出すという気持ちだった。
 仮面で隠しても、その下の肌、素顔は化け物並だ、自分で見ていても気持ちのいいものではないし、慣れるまでには時間もかかった。


 死んだと思っていたのに自分は生きている、
久しぶりに外に出てみたが、誰も私に気づく者はいない、姿が見えないのだろうか、しかし、驚いたのはそれだけではない。


 普通の人間なら歓喜の声をあげて喜んだだろう。
 心から喜べなかった。
 以前なら私の顔を見れば人は驚き、泣きだす者もいた、だが今は誰も私を見ることがない。
 このまま生き続けるのか、いや、しばらくして自分は死ぬのかという疑問さえ感じた。
 もしかして、このままずっと一人で。


 あの老婆に自分は何もしていない、いや、そうだろうか、だが思いだそうとしても記憶にない。
 それに、かかわり合いになると面倒だと思い、自分から話しかけることはしなかった。
 このまま生き続けるのか、あのジプシーと話ができれば、いや、かなりの歳だった、生きているとは思えない、どうすればいいと思ったがしばらくして、私は現実逃避した。
 好きだった読書に没頭したのだ、気に入ったのはオペラ座の怪人という小説だ。
 パリの地下、オペラ座の湖のそばに住む醜い怪人の話だ。
 ゴシック小説だと思ったが、恋愛要素も含まれている。
 物語を書いたのはルルーという元、新聞記者らしい、思わず昔の事を思い出した。
 しかし、悲恋というのは読んでいてどこかやりきれない気持ちになるのは男が自分と同じ醜い顔をしているせいだろうか。
 最後、怪人は歌姫と結ばれることはなく身を引くのだが、これには後日談がある。
 といっても世間の人間が作った舞台、オリジナルの小説で歌姫は過去の別れを悔やんでいるという内容のものが多かった、それに身分差だ。
 貴族とコーラスガール恋など、当人同士は良くても周りや世間の目というものがある。
 怪人を哀れだと思う反面、愚かだとも思ってしまった、もし、自分ならと考えてしまった。
 いつの間にか、怪人に自分を重ねていたのかもしれない。
 現実ではないから綺麗事ですむ、愛する女を手放したのだが、それが本当に良かったのかと言われらどうだろう。
 幸せになることは言葉では簡単だ、欲張らず満足すればいいのだ、だが。
 自分は今、どうだと思わず自身に問いかけた。


 怪人の哀れさにうたれたのか、それとも自分を重ねてしまったのか、考えているうちに気づいた。
 怪人は自分ではないかと。


 同じ事を繰り返すことはしない、今度こそ、絶対にと心に決めて読みかけの本を閉じた。
 そうだ、私は怪人だと思い出した。
 オペラ座の地下に住まう、醜い顔をした男だったのだ。