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オリジナル、二次の小説 舞台、役者 すきなもの呟いて書きます

Original Phantom of the Opera 子爵様登場

 「遅れてすまない」
 乱れた金髪を振り払うこともせず、青年は彼女の前に来ると頭を下げた。 
 若くハンサムな青年だ、街中を歩いていたら嫌でも若い女たちは振り返るだろう。
 男は自分の隣に立つ彼女を見ようとしたが、できなかった。
 遅れたことに対して彼女は怒っても不思議ではない、だが、気にしてないわと答えただけだ。
 「ところで用事って」
 「一緒に食事をしようと思ったんだ」
 そう言った青年だが、このとき、彼女の隣に立つ、男に気づいたのか、初めて視線を向けた。
 友達よ、彼女の言葉に男は驚いたようだ。
 「だって君はパリは初めてだろう、親戚も知り合いもいないって、おじさんが」
 「あたしに友人がいたら、おかしいの」
 その言葉に青年は慌てたように首を振った。


 「いいのかい」
 女が歩き出すと男は小声で尋ねた、背中に青年の視線を感じたが、振り返ることはしなかった。
 「わかっていないのよ、この格好で食事なんて見せ物よ、噂されるわ」
 ああと男は内心頷いた、よく考えればわかるはずだ。 
 彼女のドレスは悪くはない、だが、それも街の女性たちと比べたら、どうしてもわかってしまう。
 ましてや、貴族の男性と一緒に食事などすれば目立つのは当然だ、噂にもなる。
 それが好意的に見られることはないのは明らかだ。
 「それに帰らないと、父が」
 このとき、彼女の言葉と声に、わずかだが感じてしまった。
 「お父さんは体調がよくないのかい」
 その言葉に驚いたように女は何故という顔で男を見上げた。
 「旅は長かったようだし、疲れてるんじゃないかい」
 返事はなかった。
 たき火にあたって濡れた服を乾かしている間、話をしていてわかったのだ。
 父親はバイオリン奏者で、それで金を稼いでいたという、だが、裕福というわけではないのは明らかだ。
 「少し疲れているだけ」
 その声には元気がない、医者にとおもっが男はその言葉を口にはしなかった。


 「ありがとう、送ってくれて、色々と話ができて、とても楽しかったわ」
 その言葉に男は内心、嬉しくなった、初めて聞く言葉だ、見せ物小屋の人間と話していても、こんな気持ちになったことはない。
 また会いたいと思ってしまう、だが、この次はあるのだろうか。
 「もし、何かあれば」
 相談に乗ると言った後、男はまずいと思ってしまった、初めて会ったばかりなのだ。
 彼女は不思議そうに、だが、大丈夫と笑った。
 これがフランス女なら遠慮することはないだろう。
 出会ったばかりだというのに、本当はもっと話したたいと思ってしまう。
 あの若者が姿を見せるまで楽しくて、時間があっという間に過ぎた気がした。
 初めてだった、こんな事は。
 気をつけて帰ってと、その言葉と声に頷くしかできない。
 歩き出して、気になり振り返る。
 すると彼女は、まだそこにいた、そして手を振っている。
 初めてだった、誰か、いや女性と会って話して、こんな気持ちになったのは。
 彼女は自分の顔、仮面にも最初こそ驚いた、だが、怪我で傷があるというと、そうなんだと深く追求することもなかった。
 普通なら、いや、今まで会った人間はじろじろと不躾な視線で見てきた。
 話をしているとき気にならないのだろうかと思ったそんな気持ちを感じとったのかもしれない。
 突然、彼女は自分の右足を指で指した。
 「今は少しよくなったけど、傷があるの、だから歩くのも杖をついてるの」
 その言葉に男は聞き返した、すると湖に入ったときに折れて始末たのだという。
 「森で拾って木の棒だから」


 その夜、男は湖での出会い、女との会話を思い出して、なかなか眠る事ができなかった。


 数日が過ぎた。
 もう一度、会いたいと男は思った、だが湖に行ったところで会えるとは限らない、だから、街に行こうと男は決心した。
 見せ物小屋の仕事、客が来るのは夜だ、昼間、自分がいなかったからといって出し物に支障が出ることはない。
 それで文句を言われたとしても気にすることはない、見せ物小屋で一生をなどとは考えてはいない、追い出されたら、そのときは、ここを出て、そんなことさえ考えた。


 男は、その日の朝、街へ出た。
 あの日、別れた場所へ来るとホテルというよりは安い宿を探し始めた、だが、都合のいい偶然など起こる筈がない。
 それに自分だけでは限界がある、近辺のことに詳しい使える人間に頼めばいいのだ。
 金に困っている人間などパリの街には大勢いる、昼夜を問わず、華やかな通りから外れた場所に行けば、だが、その日に限って通りはどこも人が溢れていた。
 何かあるのだろうかと思ったとき、着飾った若い娘の集団が目に止まった、服装からただの金持ちではない、いいとこ、貴族の令嬢なのは明らかだ。


 「ねえっ、良かったのかしら」
 「さっきのこと、あの女、子爵のお気に入りよ、ラウル様は」


 通り過ぎるつもりだった、だが、その名前にはっとした。


 「未来の子爵様に、あんな女が本気で付き合えると思ってるのかしら」
 「だからって、あれは」
 「身の程知らずだって、あれでわかったはずよ」
 「もし、ラウル様が知ったら、あたし達」
 「大丈夫よ、子爵様が、あんな女を本気で相手にするはずないじゃない」
 「でも父親はバイオリン弾きとしては」
 「たいしたことないわ、ここはパリよ」


 心臓がどくんと跳ねた。
 周りの目を気にすることなく、談笑どころではない大きな声で話している。
 娘、いや、女たちは薬をやっていると感じた、貴族の間では男女、大人子ども、関係なく、快楽の為に媚薬や薬を常用しているのは珍しくない。
 いや、そんなことより、気になるのは話の内容だ、もしかしてと思ったが、父親がバイオリン弾きという言葉に間違いないと思った。
 何かあったのだ、それを知っているのは。


 男は顔を隠している鼻から上は白い仮面で、誰なのか分からない。
 マドモアゼルと声をかけられたとき、それが危険なことだと気づかなかった。


 「私は子爵の知り合いで、以前、あなたを見かけて」
 「子爵って、もしかして」
 「ラウル・シャニュイ子爵、ご存知でしょう、実は聞きたいことがあるんです」
 「まあ、何かしら」


 女が笑う、そんな事を言って気を引きたいのね、だが、次の瞬間、冷たいひんやりとしたものが、女の首筋に押し当てられた。