好きなモノ、書きたいもの、見たいもの、舞台映画、役者とか

オリジナル、二次の小説 舞台、役者 すきなもの呟いて書きます

 出せなかった手紙を、今更と思う男

本の間に挟んであった一通の手紙を見て男は息を漏らした。
 確か去年も同じ事をしたと思いだしたのだ、出すことのなかった手紙を自分はいつまで、こうしてと思ってしまう。
 忘れてしまえばいい、そして、この手紙を捨てるなりすれば片もつくのだ、自分の気持ちに。
 だが、それができないのは自分の性格故だろうか。
 自分が何を思って、考えても届かない、何故ならいないのだから。
 「三年、か」
 独り言のように呟いた。
 亡くなったということを知ったのは偶然だ、街中の本屋で偶然出会ったのだ。
 同じクラス、学年だったが、たいして仲がよいというわけではない男だった、だが向こうは自分を憶えていた。


 「もしかして、中禅寺君じゃないか」
 多分、相手も自信がなかったのかもしれない。
 そうですと頷くと相手は同じクラスだったと話しだした。
 「君、知っているかい」
 亡くなったそうだよと言われて誰がだいと聞き返す。
 同じクラスだった女性、男は少し顔を曇らせた。


 正直、驚いた、事故、怪我、病気だったのかと聞くと男は分からないと答えた。
 自分も偶然、学生時代の同級生に会って、会話の途中で知ったのだという。


 家に帰っても夕食を食べようという気分にはならなかった。
 本棚から手紙を見つけたとき、なんともいえない気分になった。
 出そうと思って、そうしなかったのは多分、駄目ではと思ったからだ。
 今もだが、自分は陰気くさい顔をしていた、学生時代から仏頂面で親だけでなく、親族全員が死に絶えたようなかおをしているなど井周りから心配され、皮肉を言われたものだ。
 そんな自分が大学を卒業後、千鶴子という女性と結婚したときは周りが驚いた。
 いや、あのときは自分が驚いた。
 今、子供はいないのは、千鶴子から言い出すこともないからだ。
 欲しいとも作ろうとも言い出さない、だから自分から言い出すこともなかった。


 だが、そのことを探偵から言われてしまった。
 「なんだって、えのさん」
 聞こえないふりをしたのはワザとだ、後になって後悔した。
 何か言ってやれば良かったと、だが、思い直した、そんなことをすれば否定したことになりはしないかと。
 そしたら探偵は、それみたことかと責めるだろう。
 いや、そんな事はしない、かわりに聞きたくない言葉を聞かされるかもしれない。
 やはり手紙はと、そう思ったのに。


 その日、突然現れた探偵の言葉に古本屋は驚いた。
 戸を開けて中に入るなり、あったぞと言うので一体、何のことなのかわからない。
 何か忘れたものでも見つかったのかというと探偵は違うと首を振り、本棚を見た。
 視線は一冊の本、背表紙を見ている。
 嫌な視線だと思ったが、何を言えば良いのかわからない。


 「あの男と一緒だった」
 それきり、探偵は黙り込んだ。
 誰の事をいっているのか分からない。
 いや、その前に、この探偵に物事を順序立てて説明しろというのが無理なのだ。
 「手紙、出したらどうだ」
 古本屋は終わったことだと呟いた。
 探偵は本棚に視線を向けた。
 「僕に隠し事はできないぞ」


 汽車に乗ったまではいいが、降りる駅を間違えてしまった事に中禅寺は驚いた。
 探偵の言葉が本当なら生きているということになる、正直、信じられない。
 全くの他人が、少し似ているだけということもある、なのに自分は来てしまった、彼女を見たという街まで来てしまった。
 探偵の言葉に背中を押されてだ。


 夏の暑さが少し和らいだ気がするが、それでも少しだけ暑いなと思いながら喫茶店に入った。
 この店で見かけたという、だが、自分が来たからといって。
 見つかる可能性はない、だが、ないわけではない。
 亡くなったという同級生は話を聞いただけで葬儀に出た訳ではないのだ、もしかしたら。
 もし生きていて、本人だとしてどうする。
 自分が何をしたいのかわからない、なのに、見たという、街、場所まで来てしまった。


 大きな店ではない、店に入り頼んだのは珈琲だ。
 昼を過ぎたころなので店の中、客はそれほど多くはない。
 運ばれて来た珈琲に手を伸ばしたときだ。
 「中禅寺ではないか」
 名前を呼ばれて顔を上げて驚いた、男が自分を見下ろしていた。
 驚くなというほうが無理だ。
 白髪の男は皮肉のこもった視線を向けて言った。
 「死んだと思っていたのか」
 この男は声、表情、まぎれもなく本物だ。
 そのとき男の背後に誰かが立っていることに気づいた、黒髪の女性だ。
 「紹介しよう、中禅寺、彼女は」
 男の声に深々と頭を下げた女性の顔が不思議そうな顔で自分を見る。 
 「ああ、同じ学校だったか」
 白髪の男の言葉もだが、驚いたのは、その表情だ。
 「教授、どういう」
 分からない、どうして彼女がいるのか、そこに。
 「美馬坂教授」
 名前を呼ぶと男は笑った。
 「彼女は、私の」


 目が覚めた、ああ、夢だったのかと思ったが、はっとした。
 いや、夢ではない。
 「あなた、いつ、お帰りになっていたんですか」
 千鶴子、妻の声がした。
 ゆっくりと起き上がり、散歩に行ってくると部屋を出る、庭に出ると探偵がいた。
 その顔を見て思いだした、店を出たときのことを。
 「生きていたんだ、教授は」
 探偵は頷くと大佐だと呟いた、ああ、そうか、あの人は一体、何がしたいんだと中禅寺は思った。
 「嫌がらせだ、あれは」
 探偵の言葉に思わず頷いた。
 「どうして、今」
 「今、だからだろう、あの人は、おまえのことを気に入っていた、だが、現在は古本屋の主、結婚したおまえを」
 「やめろ」
 探偵の言葉を遮った。
 「嫌がらせだと、これがか」
 手紙を出せと探偵は繰り返した。
 昔の、過ぎたことだ、なのに。
 「あのとき、おまえは自分で答えを出した、先回りして傷つかないように、自分で答えを出したんだ、なあっ、中禅寺」
 名前を呼ばれて、はっとする。
 「捨てればよかったのか、今更だ」
 「分からないのか、馬鹿が」
 何がだと聞き返した、そんなことを聞くべきではないとわかっていながら。
 「少しは利口になれ、本に夢中になるのもいい、だが、おまえはあのとき、本よりも」
 探偵に差し出されたモノ、それは一枚の紙切れだ。
 「彼女は、ここに住んでる」
 「調べたのか」
 僕は探偵だ、調べなくてもわかるのだち探偵は胸を張って答えた。
 無茶苦茶だ、だが、今ほど頼りになると思ったことはない。
 「特別サービスだ、送ってやる」
 そう言って指さす方を見ると車が止まっていた。


 「おい、手紙は持ったのか」
 そう言われて古本屋はいいやと答えた。
 驚いたのは探偵よりも本人だったかもしれない。
 自分の口から伝える、その言葉に探偵は呆れたようだ。
 「君は馬鹿か、今更だぞ」
 「だから捨てることができなかった」
 「これから、もっと面倒なことになるぞ」
 「付き合ってくれるんだろう」
 返事はなかった、だが、答えを知っているのだろう、探偵は助手席の男をチラリと見た。
 「まったく、中禅寺、君は馬鹿だ、大馬鹿だ」
 「そうだな、だが、気づかなかったよ、君に言われるまで」


 会話は途切れた、目的地に着くまで二人は黙ったままだった