好きなモノ、書きたいもの、見たいもの、舞台映画、役者とか

オリジナル、二次の小説 舞台、役者 すきなもの呟いて書きます

S&Mシリーズ 探偵の真似事の代償 失恋というには

 


 「国枝君(くにえだ)ちょっといいかな、話があるんだが」
 犀川(さいかわ)に声をかけられた彼女は、いいですよと答えた、ところがいざ、話し始めようとすると彼女は知ってますと少し呆れたような口ぶりで先生と声をかけた。
 「知ってるって、国枝君、君」
 先日のお客様のこと気になって、すみませんと言われて犀川は、ああそうかと頷いた、久しぶりに尋ねてきた学生時代の友人、あの時の自分の対応から彼女は何か察したのかもしれない。
 「その、少しお話を伺いまして」
 「話って、あいつ、君に何か言ったのかい」
 「他人だから愚痴が言いやすいって、でも、そうじゃありませんね」
 「そうか、僕は大学で講師になって、自分は少し大人になったつもりだった、でも全然、まだ青臭いガキのままだったんだ」
 どう答えればいいのかわからない、自分だってそうだと思いつつ国枝は、ただ黙って聞いていた。
 「で、いつ日本を発たれるんです」
 「色々と準備があるからね、それに彼女が許してくれるかどうか」
 「返事を貰っていないんですか」
 頷く犀川に国枝は内心、呆れたと言わんばかりの顔をした、だが、それが彼らしいとも思ってしまう。
 「驚いています、意外な先生の一面を発見した気分です」
 「自分では忘れていたつもりだったんだけどね、ただ、どうしても」
 「男の人は、そうなんでしょうか、女性みたいに上書きできないというか」
 犀川の元を数日前に尋ねて着た男は学生時代の知り合いだという、高級なスーツを着こなして、物腰や態度もやんわりとした成功者という感じの男性だった、だが、話してみると印象はがらりと変わった。
 「おまえの事、調べたんだよ、犀川、今、俺がどんな気持ちが分かるか」
 「殴りたいんだろう」
 「いや、それ以上だ、ぶっ殺してやりたいよ、彼女、右足はいずれ義足になるかもしれないっていうから、俺はそれはやめろと言って、海外の医者に診せる事にした」
 「彼女は承知したのか、まあ、婚約者のいうことだから」
 馬鹿か、犀川は一喝された。
 「婚約も何も、俺と彼女は恋人でもねえ、だが、惚れてんだ、五体満足、寿命で死ぬまで生きて欲しいと思ってる、ただ、今回の件で気に入らんことがあるとしたら、事件におまえの生徒が絡んでいることだ」
「そのことは悪かった、すまないと思って」
「金持ちのお嬢様らしいな、しかも親戚が警察のお偉い人だから探偵気取りで首を突っ込んだってか」
 関係のない人間がとばっちりを食うのかといわれ、言葉に言い返す事もできないのは事実だからだ。
 以前から西之園萌絵(にしのその もえ)が殺人事件などに首を突っ込んで探偵まがいの事をするのを犀川はよく思っていなかった、この事は叔父の西之園捷輔(にしのその きょうすけ)も知っていたが、娘のように可愛がっている彼女の行動を強くとがめる事はしなかったのだ。
 彼の妹の佐々木睦子(ささき むつこ)が何度か注意したことがある、だが。
 「俺、ドイツに行くんだ彼女の付き添いで、手術、入院と色々とある、彼女家族や身内からは了承を取ってある、だがな、譲ってもいいと思っている」
 「な、何故」
 ここに来るまで、おまえの顔を見るまではそんな気はなかったと言われて犀川は、再び無言になった。
 「野崎、おまえ」
 「あのな、勿論、俺もついて行く、あっちに会社を立ち上げる予定だしな、引きずってるのはおまえだけだと思うな」
 「わかった、近いうちに連絡する」
 「腹を決めろ、ところでおまえその教え子と仲がいいらしいな、凄く、結婚するとか」
 「どこから聞いた」
 「決めろよ、でなきゃ、おまえを大学から追いだしてやろうかと本気で考えたぜ」
 おまえならやりかないなと犀川は笑った。




 「先生、どうしたんです、二週間も連絡が取れなくて、メールの返事もないし」
 久しぶりに会った西之園萌絵の声を聞いても犀川はモニターの画面を見ているだけで振り返りもしなかった。
 忙しかったんだ、その言葉に彼女はそうですかと呟いた。
 「今夜、先生の部屋にお邪魔してもいいですか、分からないところがあって」
 「宿題だろう、自分でやりなさい」
 いつもとは違う返事に彼女は驚いた、忙しいんですかと言われて、この時、犀川は初めて振り返った。
 「駄目だ」
 自分の聞き違いなのかと西之園萌絵は、わずかに表情を強ばらせた。
 冗談ですよねと聞いたが、少しの沈黙の後、犀川は首を振った。
 「以前から何度も言ってたけど、警察の事件に首を突っ込んで、色々と調べることはよくないといったよね」
 その声が、いつもと違う事に彼女は気づいていない。
 「あっ、今回のことですか」
 「関係のない人間が巻き添えになって、なのに君は事件が解決したと喜んでいる」
 「先生、怒ってるんですか」
 しばらく返事はなかった。
 部屋の中の空気が重苦しいと感じ、逃げるように彼女は部屋を出た。




 「どういうことです、叔母様」
 その日、佐々木睦子(ささきむつこ)に呼び出された彼女は、いつもと様子が違うと感じて、出された珈琲に口をつける事もできなかった。
 テーブルの上に置かれた一枚の紙、それは犀川の名前だけが記入されている、それを破りなさいと言われて彼女は驚いた。
 どういうことですと聞かれ、以前にも注意したわよねと彼女の顔をじっと見た。
  「警察の真似事をするのはやめなさいと、先生も仰ったでしょう」
 「ええ、でも今回の事件は」
  先日、先生が断ってきたのよと言われてすぐには返事ができなかった。
 「今回の事件で怪我をした人がいたでしょう、先生の知り合いなのよ」
 「諦めたんでしょう」



 教室に行く途中、犀川の姿を見つけた彼女は声をかけた。
 「ああ、西之園君」
 振り返った相手を見ても、すぐには返事ができなかった。
 「謝ろうと思って」
 いいんだよ、佐々木さんから話を聞いたんだね、犀川の言葉に頭を下げた彼女だが、そんな事をしなくていいんだと言葉が繰り返された。
 「今ね、ほっとしているんだ」
 「私との結婚がなくなったからですか」
 紙切れ一枚の事だけどねと言われて、何も言えなくなった、自分が探偵の真似事をするのをやめたら、もしかしたら今からでもと言葉を犀川は遮った。
 「終わった事だよ」
 「終わったって、先生」
 「君のせいで傷ついた人がいる、その事で、でも、これでわかった、僕は彼女が好きなんだとね」
 私よりもですかと聞こうとした彼女に、恩師の娘と比べろと、酷な事を聞くんだねと犀川は笑った。
 「君の顔を見るのさえ、今は」
 聞きたくない、耳を塞ぎたいと思っても、彼女には、それができなかった。