欺された若者、未来の犯罪者は需要があるらしい
若い男は周りを見ていた、いや、探していたといったほうがいいかもしれない、いいカモ、いや、獲物はいないかというように。
この仕事を始めて数ヶ月だ。
金が欲しいならいい仕事を紹介すると言われ、最初は半信半疑だった、だが、働きはじめて見込みがあるから正式にやらないかと言われ、初めての給料を現金で渡されたとき、その額に驚いた。
コンビニのバイトなどと比べたら、真面目にやっているのが馬鹿らしくなるくらいだ。
最初は店に客を呼び込むことがメインだったが、顔がいいといことで接客も手伝うようになった。
男だけでなく女性客からも受けがよく、こっそりと金を渡されて外でデートの誘いをかけられると迷ってしまったが、それは最初のうちだけだった。
自分には才能があるのかもしれないと思ってしまった。
少し強引に客を呼び込むことに抵抗はあったが、それも慣れてきた。 客が大勢くれば店の売り上げだけでなく、給料がアップにもなる。
女も男も飲んで楽しむことができる、ギブアンドテイクだと思えば良いことをしているんだという気持ちになる。
目についたはサラリーマンらしき男性だが着ているスーツは決して悪くない。
一人ですか、店を探しているなら案内しますよと声をかけると相手は少し考えるような表情の後、店はどこだいと返事をした。
店に入り席に着くと、これはサービスですからと男に酒を勧めた。
小さなグラスに入った透明な酒を男はじっと見つめたが、グラスを手に取ると一息で飲み干した。
若い女性が男の両隣に座り、男に酒を勧める、ボトルが空になるのにたいして時間はかからなかった。
男が店を出た後、カウンターのそばにカード入れが落ちていることに気づいた、さっきの客だ、今から追いかけたとしてもと躊躇したが、それは別のものに変わった。
「さっきの客、かなり飲んだからな、もう少し引き出せ」
オーナーの言葉に驚いたが、金は引き出してしまえばこっちのものだ、カードは処分してしまえばいいだろうと思い、男は言われた通りにした。
幾ら引き出せばいいだろうか、オーナーに尋ねて機械にカードを差し込んだ、ほんの数秒、反応はなかった。
おかしいなと思った次の瞬間、ピーッという機械音が鳴った。
「カード、処分しろよ」
オーナーの言葉に返事をすると同時に領収書が出てくる、だが、それを見て不思議に思った、金額の部分が黒く塗りつぶされたように印字されているのだ。
機械が故障、まさか、あの男が店を出たときまで普通に動いていたのだ、そう思ったとき。
店の入り口から、がやがやと人の声が声が聞こえてきた。
「すみません、今夜はもう」
オーナーが入り口に向かうが、予想外のことが起きた。
店内に入ってきたのは制服姿の警官だ、だが、それだけではない。
スーツ姿の長身の男たちが数名、顔立ちも日本人とは明らかに違う。
オーナーが警官に近づき、どうしたんですと尋ねようとした時、悲鳴が聞こえた。
「全員、拘束だ」
警官の声に店内がざわついた。
あっという間だった、二十人近くの男女が皆手錠をはめられてしまった、抵抗しようとした男もいたがいきなり顔を殴られて気絶したのだ。
どういうことだ、オーナーのは青い顔をしている、レジのそばにいた男に警官が声をかけた。
「金を引きだしたな、おまえら」
視線にぞくりとした、もしかすると、この男は警官ではないのかもしれない、そう思うくらい怖い視線だ。
「売りますか、こいつら」
「勿論だ、丁度いい、若いのが欲しかったんだ、ドクターは」
「来てるよ、ムッシュ」
男たちの間から一人の老人が現れた。
「女たちは連れていてく必要はない、中身だけ抜いたら後は処分すればいいだろう」
「男はどうします」
「検査が必要だ、適合するなら拘束したまま連れて行く、あちらの準備は」
「用意できてます」
そばにいた銀縁眼鏡の男がドクターと呼ばれた男に恭しく頭を下げた。
「まただよ、ところで」
「ドクター、後のことは我々の仕事です」
意味のがわからない会話に困惑するのは無理もなかった。
オーナーと男は顔を、視線を合わせたが、制服の男に手錠をかけられた。
「この店は閉店、君たちもだ」
銀縁眼鏡の男が静かに呟き、男が処分しようとしたカードを見つけて手に取った。
「君たちは犯罪者だ、警察に引き渡したところですぐに釈放されるが、今回は、そうはいかない」
男は静かに笑った。
どういうことだ、だが疑問を口にする前に君たちはと男が言葉を続けた。
男が目を覚ましたのはベッドの上だった、ふと隣を見ると自分と同じように誰かが寝ている。
店のオーナーだと気づき、声をかけた、すると首を動かし、こちらを見る、その顔に男は叫び声を上げそうになった。
だが、何故か声が出ない。
「声帯を切られているんです、大変な目に遭いましたね」
気がつくとそばには白衣の看護婦が立っていた、いつの間に来たのだろう。
「運が良かったんです、あなた」
身動きできない、声帯を切られた、こんな酷い目にあったのに運が良いだと看護婦の言葉が信じられなかった。
「喜んでください、明日にでも手術の予定が決まりました」
その日、看護婦の言葉に部屋のドアが開く音がした、入ってきたのは車椅子の男性だ。
顔は包帯で目と鼻、口の部分だけしか開いていない。
「こいつか、代わりは」
「はい、先生のお墨付きです、臓器だけでなく、顔も整形するとドクターは言って」
「ばれないか」
「声帯を切られています、それにばれたとしても」
「そうか、ありがとよ、代わりってわけだ」
「お礼を言う必要はないですよ、この人、ムッシュのカードで飲み代を引き出そうとしたんです」
突然、部屋の中に笑い声が響き渡った。
包帯で顔をぐるぐる巻かれた男は心底、おかしいといわんばかりに笑い出したのだ。
「騙そうとしたのか、なあ、兄さん、あんたが客引きで呼び込んだ相手、誰だか知っているか、まあ、ちょとした遊び、いや、暇潰しか」
相手が何を言おうとしているのか、わからない。
「ちょっとやりあってな、怪我と負傷者が出た、臓器や体が必要になった、できるだけ若い奴の体がいいってな、だが探すのも簡単じゃないできるだけ健康で若いほうがいいに決まっている」
自分たちは売られたということか、こんなこと許される筈がない、黙っているわけがない、日本の。
そんな感情が顔に出たのかもしれない。
「助けてくれるって、それはない、結構、稼いだんだろう、おまえら、呆れてたぞ、警察も」
どういうことだ。
「おまえらでも需要はあるんだ、だから今まで見逃してきた、わかるか、警察は馬鹿じゃない」
見逃されてきたんだ、その言葉に男は愕然とした、自分は、これからどうなるんだと思ったが聞きたくても声が出ない、それに聞くのが恐ろしかった。。
ふと、隣のベッドを見るとむくりと起き上がる姿が見えた。
オーナーは怪我をしていると思った、だが、そうではなかった。
近づいてくる、それも笑顔を浮かべてだ。
「おまえは使える奴だと思ったが、少し惜しい、だが、上からの命令じゃ仕方ない」
ベッドのそばに近寄り話しかけてくる、だが男は返事をすることができなかった。
夜の盛り場、一つの店が突然、消えた。
従業員のたばこの不始末らしい、事件にもならない、若い従業員が数名、亡くなった、だが、それは事故だ。
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