雑多な日々は徒然に

オリジナル、二次の小説 舞台、役者 好きなものを呟いて書きます

勘違い、愛されていたと男は思っていた

木桜

 男は母親に愛されている、ずっとそう思っていた。

 「あなたは本当に、お父さんそっくりね」

 そう言われると悪い気はしない。

 容姿のせいもあったのだろうと思う。

 子供の頃からかわいらしいと言われていたが、大きくなると女性からの視線を感じるようになった。

 街中でモデル、芸能人にならないかと声をかけられてスカウトされることもあった。

 だが、耳を傾けることはしなかった。

 バイトでホストになったのはちょっとした好奇心からだったが、予想もしない大金が一晩で手に入ると最初は驚いた。

 だが、しばらくすると、それが当たり前だと思うようになってしまう。

 母親は仕方ないわ、あなたモテるんだものと笑って諫める事はしない。

 ただ、姉だけは違った。

 そんな金、あっという間になくなるでしょ。

 金遣いの荒さを咎めるのだが、男は気にしなかった。

 姉は自分と違って容姿も人並みだ。

 バイトも飲食店というきつい仕事で給料も決して高くはない。

 自分は姉とは違う、男は優越感に浸っていた。

 母親の言葉を妄信的に信じていたせいかもしれない。

 自分は姉とは違う。

 恋人も複数いる、女性達も最初から了承済みだ。

 あなたは女王蜂みたいねと言われてしまうと、数人の女と付き合っても良いのだと思ってしまうし、隠す事もしなかった。

 会社に就職というよりは自分で事業を立ち上げようと思ったが、何をしたら良いのかわからなかった。

 仲のいい人間の助言に耳を傾けて投資や会社を立ち上げると思いのほかうまくいったのは驚きだった。

 といっても最初から上手くいったわけではない。

 ホストの仕事を辞めなかったのは金もだが、モテてちやほやされたいという気持ちがあったからだ。

 ところが、母が亡くなった。

 交通事故だ、暴走した車と対向車に挟まれて死体はかなりひどい状態だったという。 姉が確認したらしい。

 あなたは見ない方がいいと言われて男は躊躇した。

 だが、姉の怒った顔を見ると言葉が出なかった。

 それからだ、男の転落が始まった。

 

 社員が会社の金を持ち逃げした。

 しかも国外逃亡なので見つかっても日本へ連れ戻すのは時間もかかる。

 持ち逃げした金は使われているか、隠しているかもしれない。

 諦めるか、また他の事業を始めればと思ったが、不安があった。

 また同じ事が起きたらどうする。

 こんな時、母がいたらと思わずにはいられなかった。

 警察や裁判所も、ただ、無料で動いてくれるわけではない。

 こうなったらホストで稼いでやる。

 自分なら数日で大金を稼ぐことができると思っていた。

 だから以前、働いていたホストクラブへ戻るつもりだったのだ。

 ところが、あんなに人気のあった店はなくなっていた。

 周りの店に話を聞くと、自分が辞めてからしばらくして廃業となったのだという。

 何故かと疑問に思っているとホストと客の間で事件が起きたらしい。

 ただの痴話喧嘩なら、日常茶飯事、よくあることと珍しくもないのだが、警察も介入したと聞いて男は驚いた。

 もし、そんな大きな事件なら新聞、テレビ、ネットなどで大きく取り上げられたはずだ。

 自分の耳に入ってもおかしくはないだろう。

 

 「それがね、なんだか、警察でも特別な」

 

 話をしていた男の言葉が途切れた。

 「あの店で働いていたのかい」

 伺うような視線にはっとした。

 自分を見る相手の目は不審者に向けられたようなものに見えたからだ。

 まずい、これ以上はと思いながら、男はその場から離れた。

 自分が働いていたのは、あの店だけではない。

 

 数日後、他の店に行った。

 ところが、従業員も働いている人間も皆、知らない顔で驚いた。

 店内もリニューアル改装したらしい。

 働かせて欲しいというと即答で断られた。

 男は驚いた。

 

 「うちは若いホストが多いし、あなたでは居心地が悪いんじゃないですか、それに噂は聞いてますよ」

 「噂って?」

 「客に対して、非道いことしたらしいですね、あんた」

 自分が客とトラブルを起こして、金を、それが本当なら自分は今ここにいない。 

 「そうなんですか、警察が目をつけてるとか、かなりヤバい事をしているからなんて」

 自分がホストとしてやっていくのは無理かもしれないと男は思った。

 頼れる人間がいるのかと思ったとき、浮かんだのは亡くなった母親と姉の顔だ。

 身内で頼れるのは姉だけだ。

 三年前に結婚してから殆ど、いや、一度も会っていない。

 メールが何度か来たが、自分は元気だという返事をしただけだ。

 「姉さん、相談したいことがあるんだ、会えないか」

 自分の近況を知らせることはしなかった。 

 プライドのせいかもしれない。

 金を貸してほしいと頼んだら姉は貸してくれるだろうか。

 もっと仲良くしておくべきだったと思った。

 難しいかもしれないと思ったが、今更だ。

 メールを送ると一時間もしないうちに返事が来た。

 今すぐは無理だけど、一週間後にそちらに行くという返事に、男は不満を感じた。

 

 数年ぶりに会う姉の姿は別人といってもよかった。

 本当に自分の姉なのかと思ってしまった。

 元気そうねと言われて、頷いた男は、ここに来た目的を思い出した。

 金を貸してくれというつもりだった。 

 だが、今その言葉を口にすることが躊躇われた。

 いや、恥ずかしいと思ってしまったのかもしれない。

 昔は自分のほうが母親に愛されていた。

 それだけではない、周りからもできる息子だと思われていた。

 母にとっても自慢できる息子だった筈だった。

 なのに、今、目の前にいる姉の姿を見て男は思った。

 これでは、まるで。

 

 「姉さん」

 呼びかけた瞬間、笑みを浮かべる相手の顔に疑問を抱いたのは無理もない。

 

 「お金がなくて困っているんでしょう」

 言葉に詰まってしまった。

 「貸して欲しいんでしょう」

 その声が似ていると思ったのは気のせいだろうか。

 誰にと聞かれたら一人しかいない。

  突然、床に何かが散らばった、いや、ばらまかれたといったほうがいいだろう。

 床に視線を落とすと紙幣だとわかった。

 「欲しいんでしょう」

 拾えばいいじゃないという声に男は何故という表情になった。

 「母に愛されているって、本気で、思っていたの」

 意味がわからなかった、姉さんと呼びかけると違うと言われてしまった。

 自分は本当の姉ではないと言われ驚いた。

 「母と私は家族、でもあなたは違う、血縁関係なんてない」

 他人と言われて男は混乱した。

 「あなたの父親は女達に甘やかされて、勝手なことばかりしていたの」

 姉だと思っていた女の口から出る信じられない言葉に男は驚いた。

 自分は愛されていたはずだ、少なくとも今、目の前にいる女より。

 母は優しかった、困っているときはいつだって助けてくれた。

 それが嘘だったというのか、信じられない。

 「仕事も金もなくて、頼れる人もいない」

 どんな気分かしら、女の顔には感情が感じられない。

 笑っているわけでも、見下しているようにも見えない、それが怖かった。

 自分の顔を両手で挟み、まるで顔を引き剥がすような仕草に男は目が釘付けになった。

 そこから現れたのは自分が知っている顔だったからだ。

 愛してくれていると思っていた母の顔を思い出した。 

  

 ろくでもない人間の血をひいた男が、最後の頼みだと言って自分の息子を育ててくれと言ってきたときは驚いた。

 あんな別れ方をしておいてと思いながらも引き受けたのは、わずかでも愛情があったからだろうか。

 いや、そうではないと思いたかった。

 目の前で暴露された真実を信じられないという顔で聞いている男の顔。

 見ているだけで不思議な気持ちだった。

 男は目の前のことしか見ていなかったのだ。

 姉という女、母親という女の正体さえ見抜けなかった。

 道を全部塞いだのだ。

 これから、この男はどんな人生を送ることになるだろう。

 母さん、男の呼びかけに初めて女は笑った。

 「本当に、お父さん、そっくりね」

 姉だった女は微笑んだ。

 お母さん、ありがとうと心の中で。

 これから、自分と母の復讐が始まるのだ。