好きなモノ、書きたいもの、見たいもの、舞台映画、役者とか

オリジナル、二次の小説 舞台、役者 すきなもの呟いて書きます

騙されたのは誰、女とホスト

 自分の腕、顔で稼いでいるという実感が沸いてきたのは最近のことだ。
 この仕事をはじめて最初の頃は客もつかずにヘルプとして働くだけだった、嫌になって辞めてしまおうかと考えたこともあった。
 ところが、ある女が自分目当てに来るようになって変わったのだ。
 高価なブランデー、シャンパンを注文して現金で支払う事には驚いた。
 その夜、久しぶりに店に来た女の言葉に驚いた。
 会話も態度も、自分は全然、楽しめないと言われて男は内心むっとしたが、その不満を顔に出すことはしなかった。
 「あなた、悪いことしてるわね」
 意味がわからず、何故と聞き返す、だが、全然心当たりがないわけではない。
 「若い女の子から自分が立て替えるとか、ホストと客じゃない、恋人同士って言って口説いてるんでしょ」
 どうして、そのことを知っているのかと思ってしまう、いつもなら言い訳の言葉がすぐに出てくるのだが、女の視線に何かを感じて、すぐには言葉が出てこない。
 今日、ここに来たのは、確認の為よと言われても意味が分からず、何故と思ったとき、女が言った。
 オーナーを呼んでくれると。


 「僕に用って、どうしたんだい、ミサキちゃん」
 若いオーナーだが、イケメン、ハンサムと言われて女モテる、本人も自覚しているので初対面の相手に対しても、まるで以前からの知り合いのような笑顔を向けるのだ。 
 「明日、開店前に、あなたに話があるって人が、それと、こちらのホストにも、大丈夫、別れた、いえ、捨てた女でないことは確かよ」
 笑いで返すつもりだったが、女の顔を見てオーナーの口元から、笑顔と続くことばいは出てこなかった。


 「神崎と申します」
 翌日、店に尋ねてきたのは眼鏡をかけた小太りの男性だが一人ではなかった、長身で体格のいい男性が三人ともサングラスをかけている。
 「ああ、彼らの事は気になさらず、雇い主がつけてくれたのです」
 オーナーの顔、表情が硬いのは仕方ないと隣に立っていたホストは思った、この男、一般人ではないかと思ったとき。
 「実は沢野良子さんの代理として来たのです、彼女は、この店に借金があるそうですね」
 「えっ、ええっ、そうです」
 頷く若いホストはテーブルの上に差し出された一枚の紙を不思議そうに見た。
 「こちらの方が確実ですからね、その前に領収書の明細を確認したいのですが」
 ホストの表情が固まった。
 「あの、実は」
 オーナーの方をチラリと見る、意味ありげな視線でだ。
 「すぐに取ってきます」
 店の奥に姿を消したが、それほど時間がかからずに戻ってきた。
 手渡された数枚の紙を神崎はじっと見た。
 すると蕎麦に立っていた男が明細の紙をスマホで撮り始めた。
 「これは、依頼主も見せなければなりません」
 ほんの数分、だが沈黙を破ったのは神崎だ。
 「ところて、これは綴りが違いますね、いや」
 若いホストに紙を手渡し、神崎は笑った。
 「どういうことでしょう」
 何を聞かれたのか、意味が分からずオーナーとホストはちらりと互いの視線を交わした、何か都合なことがあっただろうかと思ったが、沈黙は長くは続かなかった。
 そばにいた男が神崎に小声で囁くように先生と呼びかけた。
 「時間が迫っています」
 「そうか、仕方ないな」
 領収書をオーナーに手渡すと、小男は私の仕事は今回借金の返済なんですとオーナーに笑いかけ、それ以上はと腰を上げた。
 小男が、店を出ると若いホストは、ほうっと息をついた。
 「俺、明日にでも銀行に行ってきます」
 オーナーは頷いた、だが、その顔色は少し前、開店前とは違う。
 「綴りが違うと言ったな」
 「さっきのことですか」
 「適当な紙を出したのがまずかったかもしれない」
 


 翌日のこと。
 「これを現金にかえてくれ」
 窓口の行員は窓口に差し出された紙を見ると頷いた、だが、確認するように再び紙を手に取るとお客様と声をかけた。
 「これはお取り扱いできません」
 何を言われたのか、すぐにはわからなかった、小切手が偽物だっていうことか、騙されたのか、そんなホストに行員はお待ちくださいと行員は首を振った。


 「お客様、この小切手は特殊扱いですので、当銀行では扱えないのです」
 別室に案内され、いかにもお偉いさんといわんばかりの男に説明を受けたホストは、意味が分からなかった。
 「なんだ、もしかして金額に問題があるのか、高すぎるとか」
 男はとんでもないと首を振った。
 「はあ、どういうことだ意味が」
 「この小切手は日本国内では取り扱い出来ないと言っているのです、海外の銀行系列です、お聞きしたいのですが、あなたのご職業は」
 「見ての通りのホストだよ」
 少し前なら髪を染め、金髪でアクセサリーをふんだんにつけて着飾っていたホストが多かったが、今は違う。
 黒髪にスーツ、仕立ての良い、そういうスタイルだ。
 「この小切手が扱えるのは海外、それもトップ、サーの称号を持つ方、特殊業務に携わっておられる方、専用の銀行です」
 何を言われているのか、すぐには理解できなかった、換金できないのか、頭の中の疑問を口にすると相手は首を振った。
 「あなた様の名前が書かれている以上、窓口に行けば換金できます、イタリアですが、ここはスイス銀行の口座と直結しています」
 このときになって相手の視線にホストは初めて気づいた。
 「ホストの方でも、ここの顧客はおられます」
 「どういった経由で、この小切手を、まさか」
 「おい、盗んだとかいうんじゃないだろうな」
 「とんでもありません」
 男は言葉を続けた。


 小切手を窓口に出せば書かれた金額の金が目の前に、そう思っていた、ところが事態は予想もしないことになってしまった。
 仕方ないオーナーに話して海外、イタリアの銀行に行くしかないのか、とんだ出費だ、小切手の金額を今から書き直してやる。
 家に帰る気にもなれず、オーナーに相談しようと思い、店に向かった、ところが。


 店に入ると開店前だというのに騒がしい。
 「あっ、ケイタ、遅かったな、大変なんだ」
 仲間が慌てたように声をかけてくる。
 「どうしたんだ」
 「酒だよ、おまえ、仕入れにも関わってたよな、海外の酒を安く仕入れることができたって」
 「あっ、ああ、それが」
 「偽物だって分かってたのか」
 「なんだ、それ」
 首を振ろうとしたとき、おい、ケイタと自分を呼ぶ、オーナーの声が聞こえた。


 オーナーのそばには長身の銀髪の男が立っていた、いや、周りにも数人のスーツ姿の男が立っていた。
 書類と酒の瓶を手にして話している、英語でないと思った。
 一体、何があった、店内にいる男達は何者だ。
 小人のような小男もいれば長身の、まるで映画俳優のような長身のすせとりとしてた男性もいる。
 正直、わけがわからず不安になってしまう。
 「この酒を仕入れに関わったのは」
 あなたですねと聞かれて思わず頷く、この状況を少しでもいいから説明して欲しいと思ったが、オーナーを見ると顔色が悪い。
 「偽造酒、どういうことなのか、私にも」
 オーナーの声は当惑、いや、驚いているのか、しばしの沈黙の後。
 「偽造酒は、この市場に数え切れないほどあります、そして顧客の信頼を失うのは我が国にとっては恥、死ねと言っているようなものです」
 偽造という言葉にホストは驚いた言葉が出てこない、自分はいい酒が安く手に入ると言われて。 
 「実際、いるんです、わかりますか」
 責任を取ってと男がオーナーだけではない、自分を見ている、サングラスで表情はわからない、だが、冷たい視線だと言うのはわかる、いや、このとき、店内の視線が自分に集中していることに若いホストは気づいた。
 「あなたは経営者、お分かりの筈」
 返事はない、沈黙の返事に男がミスターと呼びかけ、隣のホストを見た。
 「ミスター・神崎から聞かされて驚きました、偽造酒のことではありません、沢野良子という女性、どうして、あの女性を騙そうなど」
 突然、出てきた名前にホストは驚いた。
 ご存知なんですかと思わず尋ねる、ホストは驚いた、自分と出会ったとき彼女は普通のOLに見えたからだ。
 「Mr.神崎が出てきたんです、何もないなんてことはないでしょう」
 小太りの男の姿を思い出した、メガネをかけた、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた弁護士の顔を。
 「あの、神崎さんは今、どちらに」
 ホストか尋ねた、小切手のことを思い出したからだ、すると忙しい方ですから本国でしょうねという簡素な答えがかえって来た。
 「イタリアです、忙しいんでしょう、今回のことでドンは怒っているようですし、偽造酒だけでなく日本のホストが娘をprese in giro(馬鹿にした)」
 男の唇が薄っすらと開いた、そこから出てくるのは日本語ではない、いや、英語でもなかった。
 


 男たちが出ていき店内にはオーナーとホストたちだけになった。
 「嘘だろ、あんな、普通の女が、マフィアの娘、う、嘘だ」
 床に崩れるように膝をついた男は名前を呼ばれて、顔を向けねるとぞっとした。
 オーナーの視線、いや、店内のホストたちの目が自分に向けられていたのだ、それは仲間を見る視線ではない。
 「ケイタ、おまえ、どう責任を」
 そんなことを言われても、責任など取れない、小切手は換金できない、店は、仕事は。
 オーナーの言葉に若いホストは返事ができなて、いや、どうすればいいのか、分からなかった。