雑多な日々は徒然に

オリジナル、二次の小説 舞台、役者 好きなものを呟いて書きます

書き直したわ、怪人とエリック 定食屋の午後

木桜

 患者の家族からもらったのは無料のビール券は忙しくて確認しなかったが日付を見ると期限は今日までだ、一人で行くのもと思っていたが、同じアパートの彼を誘おうとマルコーは思いついた。
  
 昼過ぎのせいか客はまばらだ、落ち着いた雰囲気だ、無料券を店員に渡し、ビールが運ばれてくるとエリックが突然、マルコーに向かって口を開いた。
 「見合いはしないのか?」
 「見合い?何を急に言い出すんだ!」
 アパートの壁は薄い、丸聞こえだ、その言葉にプライベートが筒抜けだと思いながらマルコーは首を振った。
 「あれは患者の冗談に対する返事だよ、今更、結婚など考えてない」
  胸の中に広がるのは困惑だった。50代も後半に差し掛かった自分に、恋愛や結婚の可能性を持ちかけられるとは夢にも思っていなかった。
 (一人でいるのが楽だ、仕事も忙しい。それに、今さら恋愛なんて…)
 頭の中では「無理だ」と呟く声が響いている。それは、長い間自分に言い聞かせてきた言葉だった。恋愛や結婚は若い頃にチャンスを逃したもの。自分には縁がなかったもの。
 けれど、心の奥底では、ほんの少しだけ違う声も聞こえる。
 その時、店内のテレビが話題を転換するようにニュースを流し始めた。画面に映るのは、高齢の男性俳優と、若手女優が手を繋いで歩く姿だった。
 「本日、あの有名俳優と若手女優の熱愛が発覚しました!年齢差はなんと40歳!芸能界やファンも驚きを隠せない様子です!」
 二人は同時にテレビの画面に目を向けた。


 昼下がりのバーでテレビに映し出された衝撃のニュース――70歳の俳優と30歳になったばかりの女優が結婚。マルコーとエリックはビールを片手にそのニュースを眺めながら、思わず無言で顔を見合わせた。


 「…すごいな、これ。」
 先に声を漏らしたのはマルコーだ。その声には驚きと半ば呆れたような響きが混じっている。
 「70歳と30歳って…どういう計算でそうなるんだ?」
エリックは仮面の下で冷静な表情を浮かべながらも、仮面越しの目元が僅かに険しくなった。
 隣の席の学生たちはテレビのニュースに夢中で、賑やかに議論を交わしている。
 「いやいや、30歳の女優が70歳の男と結婚って、どう考えても無理でしょ?」
 「ほんとそれ!私だったら絶対無理。70歳って、おじいちゃんじゃん!」
 「生活感ありすぎだし、浮浪者だったって聞いたら、ちょっと引かない?」
 マルコーとエリックはその会話を聞きながら、互いに無言で頷いた。
 (確かに無理だな。)
 (それは同感だ。)


 マルコーはグラスを持ち上げ、じっとビールの泡を眺めた。
 「まあ、女優さんも分別のある年齢だし、子供ってわけじゃない。でもな…70歳か。浮浪者だった過去も含めて、それでも受け入れるってのは…」
 「凄いな?」エリックが続ける。「いや、むしろ奇跡だな。」


 「奇跡と言えば聞こえはいいが、70歳の浮浪者上がりに30歳の美女が振り向くなんて、現実世界の話じゃないだろう。」
 「ふむ、マルコー。」エリックは低い声で呟いた。「それを現実世界で実現した男がいるから、今こうして驚いているんじゃないか?」


 その時、学生たちの会話がさらに盛り上がった。
 「でもさ、その俳優、お金持ちってわけじゃないんでしょ?映画監督やってるけど、赤字続きらしいし。」
 「え、じゃあ何?女優の方が金目当てってわけでもないの?」
 「謎だよね~。あたしだったら絶対選ばないけど。」


 エリックは静かに苦笑を浮かべた。
 「確かに、選ぶ理由は見当たらないな。けど、そう思われてるってことを覚悟した上で結婚してるんだろうな。」
 「覚悟ってやつか…。いや、俺だったらそんなの耐えられないね。」マルコーは首を横に振り、ビールを一口飲んだ。 



 「プロポーズしたのは私からなんです。彼の映画の夢を支えたいと思って。」
 テレビの中の30歳の女優が微笑みながら語ったその瞬間、マルコーとエリックは箸を持ったまま時が止まったように硬直した。
 「…おい、聞いたか?」マルコーは震える声で隣のエリックに問いかけた。
 エリックは無言で仮面を少し傾けた。たぶん、驚きすぎて顔面の筋肉が動いていないのだろう。
 「か、彼の映画の夢を…支えたい…って、そんなセリフ、ドラマか!?」
 「マルコー。」エリックが静かに返す。「俺たちの人生にはドラマすら訪れたことがない。それを語る資格はない。」
 マルコーは頭を抱えた。
「いやいやいや、待て。夢を支えるって、それ浮浪者だった男に向かって言うことか!?資金を持ち逃げされるような男だぞ!?」


 隣の学生たちはまだ熱心に議論を繰り広げていた。
 「でも、夢を支えるとか、なんかいい話じゃない?」
 「え、でもお金ない人支えるって、現実的にはかなりキツくない?」
 「少し、羨ましいかも。」


 ――その瞬間、空気が凍りついた。
 マルコーとエリックは同時に学生たちの方を振り向きかけ、慌てて顔を逸らした。
 心の中では爆発的な動揺が渦巻いていた。


 マルコーの心の声
 (待て待て待て、本気で言ってるのか!?羨ましいって、どの部分が!?70歳で浮浪者経験者ってところか!?)


 エリックの心の声
 (羨ましい?浮浪者だった過去?それとも持ち逃げされた資金?いや、そうじゃないな…愛か。愛を羨ましいと言ったのか!?嘘だろう!?)


 真剣な顔で「少しだけ羨ましいかも」と言った女子学生を見て、二人の中年男性は激しく動揺していた。
 「な、なあエリック。あの子、本気で言ってると思うか?」
 「俺がその答えを知っているとでも?」
 マルコーは目を見開いた。「でもだぞ、顔が真剣だったぞ?っていうか、あの子…なんかさっきテレビに出てた女優に似てなかったか?」
 エリックは冷静に答えた。「確かに似てたな。だが、若さの勢いってやつだろう。俺たちが知っている現実とは別の世界だ。」


 女子学生が再び話し始めた。
 「でも、夢を支え合えるって素敵じゃないですか?」


 その言葉に、マルコーは箸を持つ手を震わせた。
 「素敵だって!?いやいや、ちょっと待て。あれは素敵というより、無謀だろう!」
 エリックは肩をすくめた。「それを無謀と思うのが、俺たちの年齢ってやつだ。」


 隣の学生たちはさらにヒートアップしている。
 「でもさ、やっぱり浮浪者時代に彼が培った何かが、彼女を惹きつけたんじゃない?」
 「…浮浪者時代に培う何かって何?」
 「知らないけど、もしかして、強さとか?」
 ――その会話に、ついにマルコーは箸を置いてしまった。


 二人はまるで深遠な哲学の領域に足を踏み入れたような気分だった。
 「いや、ちょっと待て。」マルコーが真剣な顔で言った。「浮浪者になってみるべきだったのか、俺たち。」
 エリックは仮面の奥で無表情のまま答えた。「今からでも遅くないかもな。」


 ――その瞬間、二人は同時に吹き出してしまった、テレビに映る年の差カップルにも、隣の学生たちの純粋な言葉にも、心のどこかで感心しつつも到底真似できない現実を感じ、心の中で静かに誓った。浮浪者にはならない、絶対に。