好きなモノ、書きたいもの、見たいもの、舞台映画、役者とか

オリジナル、二次の小説 舞台、役者 すきなもの呟いて書きます

愛の重さで売られた男

 「嘘、でしょう」 
 女は床の上に座り、いや、へたり込んでしまったと、自分が何を見ているのか理解できずにいた、いや、信じられなかったといったほうがいいだろう。
 いつものように朝の挨拶をするつもりだった。
 だが、名前を呼んでも答えてくれない。
 「いやああーっっ」


 部屋から聞こえてきた声、いや、その悲鳴に男は慌てて部屋のドアを開けた。
 床に伏して泣き崩れる妻の姿を見て呆然とした。
 犬や猫、ペットなら新しく迎え入れてという選択をすることもできる、だが、この場合、代わりなど簡単に見つかるわけがない。
 息子なのだ、このままでは妻は悲しみのあまり、どうにかなってしまうかもしれない。
 「大丈夫だ」
 それは妻に向けた言葉でもあり、自分自身の気持ちを落ち着かせようとする男の決心でもあった。


 玄関に見慣れない女性の靴が並んでいるのを見て男は珍しいなと思ってしまった、妻が自宅に友人を呼ぶのは珍しい、そう思ったのかもしれない。
 多分、その女性は妻と似たようなタイプの女性ばかりなのだろうと思いながら部屋に入った、ところが


 賑やかな女性たちの声に男は驚いた。
 部屋の中には三人の美女がいる、平凡な主婦の集まり、その想像は見事に崩れ去った。
 立ち尽くす自分に声をかけたのは妻だ、だが、本当に、その女は自分の妻だろうかと疑ってしまった。
 それほど普段の姿とはかけ離れた姿なのだ。


 「あら、もしかして御主人」
 一人の女性がこちらに視線を向けた、他の女性たちも男を見て軽く頭を下げる、だが、それだけだ。
 女たちは妻に視線を向けて、会話を続ける。
 存在など眼中にないといいたげに。


 「それで、彼と付き合うことにしたのの」
 「まさか、既婚者よ、でも本人は隠していてばれていないと思ってたのよ、それでね」
 聞こえてきた女性達の会話に一瞬、耳の痛い話だと男は思ってしまった、それは自分もだからだ。


 台所で水を飲んでいると、入ってきた妻に今日は遅くなるんじゃなかったのと言われて、どきりとした。


 デートしたいと言われて、そのつもりだった、ところが、待ち合わせの時間、直前になって、相手から用があって行けないと言われてしまい、仕方なく帰ってきたのだ。
 勿論浮気は内緒だ、そして気づかれていない。


 「珍しいな、今日は化粧して」
 妻は日頃から殆どノーメイクだ、なのに今日に限って別人のようにメイクをして服装もきちんとしている。
 友人が来ているせいかもしれない。
 だが、皆、本当に主婦なのかと思うくらいの容姿だ、スタイルも服装もだ、ふと自分の浮気相手と比べていることに男は気づいた。


 「今日、役所に届けを出してきたから」
 妻の言葉に驚いた、離婚の話が出たのは最近のことだ。
 自分としては別れることに異論はなかった、できるなら少しでも早くと思っていた。
 自分の署名をした紙を出したとき、妻は無言で受け取ったのは驚きだった。
 もしかしたら別れたくない、慰謝料のことで揉めるのではないかと思っていたからだ。


 「このマンション、売ることにしたから」
 男は驚いた、名義は妻のものだ、自分が反対する理由はない、だが半年ほどしかたっていない。
 「俺が、ここに住み続けたいと言ったらどうする」
 園言葉に返事はない、代わりに驚いたような表情で見られて、何故と思ってしまった。


 「あなたが、でも、このマンション、色々とリノベしたでしょう」
 ここは最安というぐらい、他のマンションに比べても安かった。
 以前、住んでいた住人が壁や水回りなど手を加えていたからだ。
 「悪いけど買い手がいるの」
 予想もしない言葉だった、離婚の手続き、マンションの売却、手際がよすぎないかと思ってしまった。
 幾らだと訊ねると、待ってねと言われて台所から出ていき、戻ってきたときは数枚の書類を手にしていた。
 目を通した男は驚いた、金額は自分の予想を遙かに越える、いや、上回るものだったからだ。
 何故、こんな金額になるんだと思ってしまい尋ねたのは無理もないだろう。
 「忘れたの、入居前に言われたじゃない、ここは完全防音設備の工事をしてるの、電気、水道だけではないわ」
 泥棒対策のために窓は特別仕様になっていること、ドアのキーは特殊な外国製、鍵だけではない、それにエアコンが業務用の大型で排気口の設備も普通の業者ではない。
 男は黙ったまま聞いていた。
 「他にも諸費用があるのよ」
 半年に一度はエアコンのフィルターの交換、特殊仕様だから専門業者に頼む事になる。
 「今まで俺の給料で」
 「もう、忘れたの」
 男は驚いた、結婚前から妻はパソコンを使って色々とやっているのは知っていた。
 自分より稼いでいると言われて男は、まさかと思ってしまった。
 パソコンで小遣い程度、数万ぐらいの稼ぎと思っていたのだ。


 妻と別れて愛人といっしょになる筈の生活、それは今よりも自由で素晴らしいものになる筈だと、いや、そう思っていた。
 それなのに妻の方が自分よりも、そう思うのは男としてのプライドが傷ついた、そう思ってしまうせいだろうか。
 驚いたのは慰謝料はいらないという言葉だ。
 「大丈夫なのか」
 内心、焦りを感じた、今、妻と別れて本当にいいのかと思ってしまった、久しぶりに妻の名前を呼んでみた、愛情を込めてだ。



 「そうなのよ、妻とはうまくいってないからって台詞、ありきたりで吹き出しそうになったわ」
 「で、その人、気づいているの、祐子」
 祐子と呼ばれた女性は、まさかと首を振った。
 「自分はいずれ妻とは別れるなんていうけど、気づいていないのよ、自分の浮気が妻にばれているなんて」
 ばれているという台詞に男はどきりとした。
 自分の浮気相手が、妻の友人に似ているなんて気のせいだ、飲み過ぎたかなと思ってしまう。
 女達に勧められて口にしたシャンパンの旨さに驚いた、自分が行くバーの酒と比べものにもならない。
 妻の友人たちに一緒に呑みましょうと言われ、最初は一杯だけのつもりだった。
 いけない、このままでは完全に酔っ払ってしまうだろう。


 「でもよかった、このマンション、売る気になってくれて」
 女の言葉に男は驚いた、買い手は妻の友人だったのか、どうにかできないだろうかと思い、そのことですがと言葉をかけた。
 妻とは離婚することが決まっていて、できれば、自分はここが気に入っているというと女達は顔を見合わせて笑い出した。
 


 女性の言葉に周りは驚いた、あるマンションの一室で飼われていたペットのことだ、それは猿人だという。
 特別な許可がいるらしいが、飼っていた夫婦は実の息子同然に可愛がっていたらしい、だから。
 「亡くなった時は凄く悲しんで、また、代わりにと思ったらしいけど、とても珍しい生き物だからって」
 「そうなの、なんだか、かわいそうね」
 でもね、続きがあるのよ、女性の言葉に周りは好奇心を隠そうともしない表情で続きを話してと待った。


 女性の言葉に周りは驚いた、あるマンションの一室で飼われていたペットのことだ、猿人だという、つまり人と猿の○○だ、実際のところはわからない。
 だが、そんなことは関係ない、些細なことだ。
 そこでは公にできない薬の開発、実験が日々行われていた。
 研究員達は喜んだサンプル、試験数は多いほどいい。
 だが、実験が進むにつれて研究費も追いつかなくなった。
 秘密裏の研究なので支援してくれる人間も限られる、それだけではない、研究所を閉鎖するという命令がおりたのだ。
 それも上からただ。
 研究所の夫婦は猿人を、とても可愛がっていたらしい。


 「亡くなった時は凄く悲しんでいたのよ」
 「そうなの、なんだか、かわいそうね」 
 でも、続きがあるの、その言葉に周りは好奇心を隠そうともしない表情で続きをと待った。



 目が覚めた時、自分は裸だった、鉄格子の檻中に入れられていることに驚いて妻の名前を呼んだが入ってきたのは数人の男女だ。
 ここを出してくれ、だが自分の言葉に返事はない。
 自分の言葉など聞こえていないかのようだ、笑顔と優しい声に意味が分からなかった。


 女は泣きそうな顔で隣の男を見た、だが、それは嬉しいからだ。
 その表情、涙を浮かべた笑顔に男は安心した。
 大切にしていた実の息子同然に可愛がっていた生き物は未開のジャングルから日本へと秘密裏に運ばれた。
 逃げ出したりしないよう飼育場所もちゃんとする、役所、警察に届けを出すのは簡単だ、男にはそれだけの力があったからだ。
 だが、死んでしまった、気候の変化、慣れない移動、何が原因が今となっては何が原因がわからない。
 妻はショックで寝込んでしまった。
 このままでは、男は悩んだ、代わりなどいるわけがない。
 ところが、数日が過ぎて妻は散歩から帰ってくると夫に言った。
 「あの子がいたのよ」
 男は決心した、愛する女の為に、どんなことでもしよう、それがたとえ、どんな、いや、犯罪同然のことだとしてもだ。
 


 自分は夫を売ったのだろうかと妻だった女性は、時折、考えてしまうが、それは最初のうちだけだ。
 いや、違う、街で偶然会った二人の男女の頼みをきいてしまったからだ。
 その熱意に断ることができず、代価を受け取った。


 アパートの部屋のリノベの話は出鱈目だ、時間稼ぎ、いや、自尊心、プライドを。
 有名なSF小説を思い出した、ある惑星の話だ。
 力のある生き物に飼育されていると知恵もある人間でも。


 自分がしたことは良いことなのだと妻だった女は笑った。
 もう少しすれば忘れるだろう、夫だった男の顔でさえ。
 そう、全てを。