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オリジナル、二次の小説 舞台、役者 すきなもの呟いて書きます

医者と女医 共謀と復讐

こんな気持ちになるとは本当に不思議だ、自分でも驚いてしまう、決して忘れていたわけではない。
 復讐なんてするつもりなんてなかった、ただ、偶然にも色々な出来事が重なってしまった、そして目の前に現れたのだ。
 勿論、本人ではない、だとしたら今、こんな気持ちにはならなかっただろう。
 現れたのは、あの男の妻という女性だ、カルテ、名前を見て、そして話を聞いていて思った、妻という女性は幸せではないと思った。
 なのに子供を希望している、でも、それは本心からなのかと思ってしまった。
 多分、彼女の夫は自覚などないのだろう。
 他人を傷つけているなど思ってもいないのだ、これっぽっち、微塵もだ、妻だから当然と思っているのだろう。
 なんだか腹が立って、思ったのだ、だが、正直、一人ではと思ってしまう。
  
 総合病院ともなると朝から患者は大勢で待合室のロビーが混雑するのは珍しいことではない。
 高齢者もだが、若者や女性が多いのは最近の風潮もあるのだろう。
 男女二人で来ている若いカップル、昔なら考えられなかったかもしれない。


 「お疲れ様です」
 「はい、お疲れ、休憩はきちんととってね」
 看護婦の声に女医は両手をあげて大きく伸びをした、空腹を感じて昼をどうしようかと思いながら近くのコンビニに行こうかとロビーに出たとき思わず足を止めた。
 一人の医者の姿を見たからだ、最近、勤務医となった男は女医の知り合いだ。
 少し前までは非常勤として要請があれば来ていたのだが、できるなら正式にという上からの言葉に後押ししたのは女医だ。
 腕は良いのだ、だが、人付き合いが良くない、人より才がある者は、どんな仕事にも、こういう人間は少なからずいるものだ。
 中肉中背、身長も人並みだ、わずかに白髪の入り交じった髪、後ろ姿なので顔は見えない。
 だが、想像はつく、仏頂面というわけではないが、真面目で冗談を口にすることもないのだ。
 患者と話しているのだろうか、いや、それなら診察室の筈だ。
 待合室でなんて、好奇心が抑えきれないまま近寄って行った。


 「先生、良かったらお茶しませんか」
 缶コーヒーを貰ったんですが、苦手なんですよと女医は声をかけた。
 「よかったら、うちの診療室で、そのほうがいいでしょう」
 返事はなかったが、じろりと睨まれたことに女医はしめしめと思いながら、今なら誰もいませんからと言葉を続けた。


 「いやー、あんな顔をするんですね、先生も」
 「何が言いたい」
 「女性に興味がないと思っていたんですよ」
 医者と弁護士、警察、お役所仕事という仕事が高給という構図は昔も今も変わらない。
 若手の医者でも独身は少ないのは青田刈りというわけではないが、婚約者がいたりすることも多い。
 将来のコースが決まっていたりするのである程度の年を重ねると既婚者というのは珍しくない。
 だが、その反面、独身というのも一定多数はいるのも現実だ。


 数日前、待合室で医者が女性と話していた姿を見て女医は興味を抱いたのだ。
 だから駄目元で、そう思い聞いてみたのだ、知り合いかと。
 期待した答えではなかった、だが女医はらしいなと思ってしまった。
 「あなたのこと、同性愛者とか噂する琴もいるけど」
 馬鹿馬鹿しいといわんばかりに男は眼を細めた。


 元々は非常勤として勤めていたのだ、できるなら、そのスタイルを変えたくないと思っていた。
 だが、気持ちが変わった、それはあの男の話を聞いたからだ。
 少し前に、昔の知り合いに会った、実家の家業を手伝っているという、その男は自分と親しいというわけでも仲がいいというほどではなかった。
 長話などするつもりではなかった、が、気が変わったのは男の様子に感じるものがあったからだ。
 「後悔してるよ、あんな男と」
 憎々しいといわんばかりの男の声と表情には、どんな言葉をかけても無駄だろうと思ってしまった。
 だから、相づちを打ちながら曖昧な返事で誤魔化したのだ。


 世の中には似ている人間がいるという話を聞くことがある。
 だが、それは自分には関係のない場所、世界の事だと思っていた。
 そう思って生きてきたのだ。


 一枚の紙を見せつけるように男の前でひらひらさせる、見ると男に問いかける女医の言葉に男は眉間の皺を深くした。
 見たいでしょうと言われ、男は手を伸ばした。
 「検査、だと」
 肝心の部分が書かれていないと不満を口にする男に女医は意味ありげな視線で男を見た。
 不妊検査と言われて男は一瞬、無言になった。
 「結果は来週なんだけど」
 知りたいでしょうと言われて男は返事ができずにいた。


 彼女と言葉を交わした事も数えるほどだ。
 ただ、廊下で会ったりすると会釈されて笑いかけてくる、挨拶を交わす程度だけだ。
 自分は仕事しか頭になく、それが全てで周りの、家族の事など眼中にはなかったのだ、なのに。 
 ここしばらく、彼女の姿を見ないなと思ったとき知ったのだ。
 亡くなったと、それだけなら良かったのだ。


 「真面目な性格だったからな」
 「あの男にしたら、珍しかったんだろうな」
 「だからって、やりすぎだ」
 「よく捕まらなかったな」
 「そりゃあ、コネとかじゃ、オヤジさんが寄付をしていたしな」
 「でも、いつまでも親にって」
 「見捨てられるぜ、親子だからって続かないだろう」


 噂を口にするのは一部の人間だけだ、本当かどうかはわからない。
 自分には関係ないと聞こえないふりをして数年が過ぎた。
 ところが、数日前、目の前に現れたのだ、彼女ではないことはわかっている、だが、あまりにも似ていた。
 だから、思わず声をかけてしまった。


 「不妊検査だけどね、結果を聞きに来るけど、どうするの」
 「教えてくれないか」
 「ここにいたらいいんじゃない、顔出しはしないで、こっそりと」
 盗み見を、いや、覗き見をしろというのか、それでも医者かと女医を睨みつける厳しい視線、だが、相手は気にする様子もない。
 「驚いたわ、彼女の」
 このとき、女医の顔は笑顔から別の表情に変わった。
 「忘れたのよね、なのに今更だわ、こんな気持ちになるなんて」
 自嘲的な、その笑いは長くは続かなかった。
 


 「検査結果ですが、安心してください、不妊に当たる要素はありません」
 「そうですか、よかったです」
 だが、言葉とは反対に、いや、嬉しそうには見えない。
 「この場合、もしかしたら夫側に不妊の原因があるかもしれません」
 そうですかと頷く女性に女医は言葉を続けた。
 「ご主人はかかりつけの病院はご存じないでしょうか」
 昔と違い今では不妊の原因を調べる方法も変わってきている、男性は女性と違い、プライドのせいもあって、病院で調べて貰うという事を嫌っている。
 「ご主人のお仕事は、個人、いえ、どこかに勤めでしょうか」
 女性は頷きながら会社名を告げた、女医の質問に大丈夫です、守秘義務がありますよと言われてほっとしたようだ。
 「ご主人に原因があるか、調べることは可能です」
 医療関係の間で一部の法律が変わったんですと女医は言葉を続けた。
 「奥様は子供が欲しいと思っていますね、ですが、今のご主人に不妊の可能性があった場合は、どうされます」
 その言葉に女性は、困ったような、わからないといいたげな表情になった。


 あのとき、待合室のロビーで迷いながらも声をかけたのだ、そして女の顔、声を聞いて驚いた。
 血のつながりが亡くとも骨格、顔、声、似ている人間がいるというのは嘘ではなかった。
 錯覚かもしれない、だが、医者は自分の古い記憶が新しい記憶に塗りかえられたような、そんな気がした。


 人工授精で妊娠は少し難しいかもしれないわね、女医の言葉に男は何故と尋ねた。
 「夫婦仲が良好とはいいがたいのよ、多分、夜の回数もね」
 「そうなのか」
 「話をしていて、もしかしてと思ったけど」
 男の顔が険しくなったのは女医から手渡されたカルテだけではない、数枚の写真を見たからだ。
 「君は医者だろう」
 「医者も人間よ」
 そう言って女医は殺してやりたいと呟いた。
 「あっ、言っておくけど患者を、ではないわよ」
 協力してくれない、女医の言葉に男は目を閉じた。
 だが、長く考えることはしなかった。
 「医者失格というのは、君だけではないようだ」
 その言葉に女医は、少しだけ眼を大きく見開いた、予想しない返事が返ってきたのか、それとも反対の、いや。
 にっこりと笑いながら女医は言葉を続けた、恨んでいるのは、あの男(過去)だけよと。
 仕返しをして不幸になる人間がいる、決して気持ちの良いものではないが当然の報いだと思ってしまう。
 代わりに、妻という女性が救われる、幸せになるのだ。
 これは悪いことではないと女医は自分に言い聞かせた。
 そして実行することにした、一人ではない、そう思うと安心した。
 いや、楽しくなってきた、心の底からだ。


 女医と医者、このとき二人は共謀することに同意した、復讐の為にだ。